モーション・グリーン

読破本・特撮(仮面ライダー)・アニメを取り上げるブログです。

ブログを考える

 祝記事100回記念?ということで、久々に真面目に考えてみたいと思います。

 (今更ながら)サッカーの中田英寿選手が引退声明を自身のHP上で公開したことが、大きな話題となりました。
 中田選手といえば、サッカー選手としての腕前はもちろんのこと、HPからファン(ユーザー)へ直接メッセージを送るという、いわゆるブログを始めとしたインターネットを用いたメッセージツールの先駆けとなることを行った方としても有名です。僕らブロガーの大先輩ということになるのでしょうか。
 
 間に何人も人を通せば、自分の伝えたいことやものは少しずつ薄れていく、だから、自分のメッセージをほぼ完全なオリジナルの状態で直接ファンに伝えたい・・・

 引退メッセージをこういう形で発表したことは、最後まで中田選手らしいといえばらしい幕引きだったのでしょう。実際、これによって、いさぎよさや正直さが様々なところで評価されており、学校でこのメッセージを使おう(教科書に載せる?)とするところまででてきているようです。

 確かに、この文章は名文の部類に入ると僕も思います。逆を言えば、もう一回書くことができないでしょう、なぜなら、この文章はその時の気持ちが書かせたような文章に、僕は見えるからです。もう一度このような開放感と後悔、振り返る気持ちの高揚等々まで同じように出すことは無理じゃないでしょうか、だから、素の中田英寿がにじみ出ているように感じるのです。
 が、中田選手のその後の行動を含め、僕はブロガーとして、考えなければいけないことに気付きました。

 今回の中田選手の手法に不満(批判)を出したところは、実は少なからずあります。役割から考えれば、TV・新聞などのマスメディアはその先鋒にあるのは当然の流れです。なぜなら、選手を取材し、第3者的な立場から様子や心情を伝える立場の彼らが、実質スルーされた形になるのですから。特にスポーツ記者や解説者(現場に一番近いところにいる方達)のなかには、いま表明されている方以外にも、批判的なものを持っている方はいらっしゃるのではないでしょうか。それだけ、中田選手は、周囲に心を許しきっていなかったし吐きだしてもいなかった。それがいいか悪いかは、ここでは問うべき話題ではないので割愛しますが、(極端な言い方になりますが)己の姿を隠した形での発表につながったのではないでしょうか。

 ここで私が考えなくてはいけないこと、それはブログはブロガーが己の考えを己の言葉で伝えすぎて、第3者的な部分を挟みきれない。つまりどうしても自己弁護・自己正当化のニュアンスを出してしまうといういうこと。前述した批判者の方達の理由の1つが、実はこれに当たります。
 また、中田選手が声明を発表した後、姿を現さず、(実質)言いっぱなしで辞めてしまったことは、ファンやメンバーに失礼だし、自分の口で語ることなく姿をくらますのは逃げと同じだ、という考えもあるようです。
 これもまた、正しい見方であると僕も思いますが、さて、そうすると、僕たちブロガーの考えは、己の気持ちや意見・主張の正当化や弁護の域を抜け出せないものなんでしょうかねえ、ちょっと考えてしまいます。(もっとも匿名でブログを運営している僕と、個人を明らかにして、発信先を意識している著名人のブログとは、そもそも要素が違うので比較することは難しいのですが)

 そういう目で見ると(失礼かもしれませんが)確かに、日記帳風に書かれているブログはそういった面がどうしてもでてしまいますよね、特に不特定多数の目に触れてしまう以上、変なものは書きづらいからどうしてもきれいにまとめてしまったり、自分の考えが正しいことに同意を求めてしまったり。「それもブログのいいところだ」といわれてしまえばそれまでですが、1ブロガーとして、忘れてはいけない1面だと、刻みつけた出来事でした。

 これからも、僕はブログを続けていくつもりです。どちらかといえば、中立的主張よりも自分色を前面に出した記事を書いていきたいと思っています。でも、自分よがりになりすぎてもいけない、気持ちばかり先行してもいけない、そんなことを頭の片隅に置いておこうと思います。

 最後になりましたが、中田選手、本当にお疲れ様でした。もっと貴方のプレーを見たかったという想いはありますが、別の道を選ぶというなら、それを尊重したいと思います。でもできれば、落ち着いたらでかまいません。自分の口から、語ってくれる日を私は望んでいます。そして、新たな旅にて、さらなる進歩を遂げた貴方と出会えることを楽しみにしています。。。