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【2013年読破本179】伊藤博文の青年時代――欧米体験から何を学んだか(祥伝社新書241)

伊藤博文の青年時代――欧米体験から何を学んだか(祥伝社新書241)
伊藤博文の青年時代――欧米体験から何を学んだか(祥伝社新書241) 泉 三郎

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 大河ドラマ「八重の桜」が京都編に突入。これまでの殺伐と哀しさ全開の展開から一転、新たな環境と新たな使命を胸に、八重や覚馬が活躍する姿にも少しずつ慣れてきた今日この頃。

 新展開の中で異彩を放つのが、京都知事の槇村。後に京都近代化・再興の立役者として名を残す人物なのだが、まあ、勢いとノリで体が出来ているんじゃないか、と思わせるほどのネタキャラぶり(爆)

 覚馬の提言に大きく同意したかと思えば、抵抗勢力の苦情ですぐ翻す。機嫌が良ければ愛想がいいが、機嫌が悪いときの邪険な対応は、まるで別人格のよう。そのくせ弱みを指摘されるとすぐ怒り、文句や言い訳は一流(笑)

 現代の組織ではとうてい存在し得ない人物だ。

 ただ、そんな抜けの多い槇村には大きな特徴がある。それは京都近代化への思いと物事を決めることの出来る行動力だ。

 当時の京都はとにかくやることが山積している一方で、古い考えと新しいニーズが混在していて、なかなか物事が進みにくい状況にあった。

 そこに求められていたのは、とにかく決めて進めること。

 認められていたとはいえ、盲目で賊軍扱いされた会津生まれの覚馬(当の槇村も覚馬を軽視している)の考えが、採用されてきたかと言えば、決める側の責任者だった槇村が、きちんと自分の責任で決定し、初めて、進めたからだ。決められるはずのリーダーが、多方向に配慮しすぎて決められない現代組織の現状からは雲底の差であろう。政治家としても人物としても二流の槇村ではあったが、覚馬からすればこれ以上無いパートナーと仕事が出来たのは幸運だったに違いない(もっとも、後に槇村と覚馬は対立することになるが・・・)

 その槇村のバックにいるのが徴収の木戸孝允。そしてその木戸の愛弟子であり、後年木戸の立ち位置を引き継いで槇村を京都から引き離すのが、本作の主人公・明治初期の巨頭政治家・伊藤博文。俗に言う維新三傑の後、明治日本の組織をきちんと形にして整えた、功績多い伊藤も、それまでは槇村同様(スケールで言えば槇村以上にヒドい)抜けの多き人物だったようだ。

 本作は青年時代(~明治10年あたり)を中心に振り返っていく一冊。幕末から続く伊藤の波瀾万丈ぶりは、混迷期ならではの出来事ばかり。外国人を斬ろうとするテロリストぶり、密航した船では、勘違いから奴隷扱い、国に戻ってきてみれば二転三転する情勢に、逃げ惑ったり他者との調停をしたり・・・明治になってからも、条約改正のために海外へ大規模メンバーで行ってみたら、手続き不足で達成できず・・・

 まあ、現代なら社会的生命消滅してもおかしくないミスやトラブルばかり。それでも志を曲げずに、未熟でも進み続けることを優先したからこそ、今の日本がある。伊藤も(槇村も)多少の抜けを補って余りある情熱と行動力、決して偉大なカリスマを持ち合わせていなくても物事をきちんと動かせる人物だったことが、若き志の熱さと共に伝わってくる。

 彼らのような人物が日本にいたことが、この国にとってどれだけ救いとなっていたことかを感じる。

 そして本書後半では明治初期と現代を比較し、『術が遅れていても心があった明治初期、術に秀でていても心が伴わない現代』と、現代への警鐘を鳴らす。技術革新が進んで、誰でも高水準の技術やサービスを受け取ることのできる現代。最後は、人間力が問われることになるかもしれない時期だからこそ、今一度己に問いかけるきっかけになる一冊。

伊藤博文の青年時代――欧米体験から何を学んだか(祥伝社新書241)
伊藤博文の青年時代――欧米体験から何を学んだか(祥伝社新書241) 泉 三郎

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