モーション・グリーン

ブログ開設13年目!今年も「紡ぐ」発信を目指す読書・アニメ・特撮感想ブログ。400冊読破を目指して今日も読んでます。

〈全ては、あの銀杏のように〉読書感想:『千家分流』

千家分流

 

千家三部作の完結編。

 

3つの千家誕生につながる、宋旦と5人の子供たちの生涯。

ここまで来ると、創始者?の利休の姿はもはや伝説化して、はるか彼方の存在だなあ。

 

時代は既に江戸時代、太平の世が到来している。

宋旦はともかく、その子たちの世代になると、「侘び」という精神(自分の内面)の課題に、太平の世の中でいかにして茶の湯で生きていくか、という命題が加わってくる。

 

「乞食」とまで言われながら「侘び」を極めようとした宋旦でさえ、理解者がいなければ「侘び」の大成には至らなかった。

しかも、その理解は茶の湯としての理解であって、茶の湯を残し引き継いでいく、という手本にはなり得ない。

それがわかっていたからこそ、宋旦は息子達を活かしてくれるパトロンを探していく。

 

必要なのは、理解あるパトロン。

茶の湯を極めること、そして受け入れて、共に高めようとしてくれること。

 

次世代の茶の湯が抱える課題に、千家の子たちは挑んでいく。

 

ラスト付近の加賀藩の茶の湯風景は、茶の湯と言うより飲み会雰囲気だったけど(笑)、理解ある人たちがいることの幸せが感じ取れる名シーン。

 

 

「天下の政道」利休切腹から墜ちた千家。

しかし、そこから民の中で生き残ることで、権力に縛られない茶の湯の精神は、今も脈々と生き続けている。

 

全ては積み重ね。

そう、宋旦と槙が植えて、今なお育ち続ける銀杏のように。

 

いい意味で変容していった千家の生き様を、忘れちゃいけないなあ。

 

 

千家分流

千家分流

 

 

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

 


読書感想ランキング