モーション・グリーン

ブログ開設13年目!今年も「紡ぐ」発信を目指す読書・アニメ・特撮感想ブログ。400冊読破を目指して今日も読んでます。

〈再読:好きなように人生をブリコラージュするために〉読書感想:『野の医者は笑う: 心の治療とは何か?』

野の医者は笑う: 心の治療とは何か?

 

最近、近視眼的な目線を先へ向けたい、と思っている。

 

目の前の人が喜べば、自分が満たされれば、それが一番。

そう思っていた。

実感が湧かない日々が続いたから、余計そう思ったのだろう。

 

先々のために、未来のために。

 

その考えは間違っていないと思うのだが、その根っこはどうもねじ曲がっている気がしてきた。

一緒にしちゃいけないが、僕は東畑さん同様、どこか拗ねた日々を送っているのかもしれない。

 

但し、僕は東畑さんと違う。

少なくても、僕は拗ねて、それでいて逃げている。

 

突き詰めることも、信じることも出来ず、たくましく留まり続けることも、替えることも出来ないでいる。

 

だからだろうか。

隔週で読み直したくなるほど、大事な要素が本書にある。

こんな短い周期で本を再読するのは(結構)珍しいのだが、読まずにはいられなかった。

癒やしが、欲しかったのかもしれない。

 

臨床心理士・東畑さんが沖縄の怪しげなヒーラー・野の医者を訪ねて回る日々を綴った1冊。

コミカルで、ユーモラスで、それでいて、この人大丈夫か?と心配になることが多々ある展開(笑)

その一方で、膨大な時間とお金を費やして、野の医者を尋ね回るそのエネルギーと情熱に、ただただ感服しながら、その泥臭さに宿る癒やしの正体に、改めて目を奪われる。

 

社会が変わり、価値観が変わった平成の世が、もうすぐ終わる。

新たな年号では、期待や希望の声が聞かれつつも、先の見えない不安が続くことを、どこか確信しているような風潮。

 

昨年「君たちはどう生きるか」がベストセラーになったように、テクニックや流行ではない、原理原則への渇望が、僕らの中にある。

少なくても僕が見えている中で、僕らの満たされない渇望や、癒やされない胸の内に応えてくれるものは一時的なものしか現れてこなかったと思う。

だから、絶対的な存在無き今、僕らは理屈ではない基準で、エビデンス無き民間療法や通販製品、フェイクニュースやすがれる成功者に身を委ねていく。

 

それしか、目の前にないのだから。

 

野の医者は、自らも苦しい思いをしながら、同じように苦しんでいる人を癒やし、自らも癒やす。

直に接して陳腐で、子供だましで、軽薄な治療方法、と東畑さんは判断した。

でも、その中に心の治療と癒やしのあり方への結論を見出す。

 

ふたを開けてみると、僕たちは僕たちが創り出し、その身を置いた世界の論理で、傷つき、傷つけあっている。

癒やされているようで癒やされず、癒やしているようで癒やされる。

仕舞いには、実態無き心にすら費用対効果という基準でしか線を引けなくなっていた。

 

心の治療に、自分が癒やされるのに、基準や法則なんて、あるはずもないのに。

 

ここまで来たら、僕たちはすがらない人生をどこかで踏み出すしかないのかもしれない。

辛いだろうなあ。でも、それは、もしかしたら、楽しいかも。

 

「ミラクルをあきらめる」

「人は好きなように人生をブリコラージュしていいのだ」

 

本書終盤で爽やかに綴られたフレーズの数々。

結局のところ、自分しかわからないのだ。

満たされているか、癒やされているか、なんて。

 

そのために、いつかは、すがっているものから離れなきゃいけない。

自分が空っぽになるから。

 

思い通りに人生は進まない。

万人に通じた定説が、自分に当てはまらないことは、決して恥ずべきことじゃない。

 

もっと、非公式でいいのだ。

外に出れば公式・法則・ルールのがんじがらめの日々。

表通りでも裏通りでも、たくましく節操なく、笑いながら。

 

いつか、癒やされて、癒やすことが出来て、自分が信じたいもの、極めたいもの見えたら、例え苦しくても、例え少し距離を置く時があっても、どこかでたくましく留まり続けよう。

少なくても、そんな姿なら、人を傷つけることはないだろう。

 

大丈夫、困ったら笑っとけ!

 

野の医者は笑う: 心の治療とは何か?

野の医者は笑う: 心の治療とは何か?

 
野の医者は笑う―心の治療とは何か?―

野の医者は笑う―心の治療とは何か?―

 

 

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