モーション・グリーン

ブログ開設14年目!今年も「紡ぐ」発信を目指す読書・アニメ・特撮感想ブログ。

BLEACH 202話感想

 さあて、そろそろ原作&コミックスを捉えてきたアニメのBLEACH。  ここ何回かで注目している「相反する2面性を持つが故の強さ」を、剣八が大胆に魅せてくれましたえっ  ○剣八の両手の一撃  「相反する2面性を持つが故の強さ」  剣八が魅せた2面性は  ・己の力を頼りにしたでたらめな戦い方をする一面        と  ・使えるならば剣道の基礎の基礎すら利用する、柔軟で実用的な一面  ノイトラに追いつめられ、絶体絶命に陥った剣八が選択した戦い方は、両手で刀を持った一撃を放つというやり方。一見剣八らしくもない中段の構えには、剣八の合理的一面が伺える。  剣八に、剣道に乗っ取った戦い方だから使わない、という考え方はない。見方を変えれば使えることは全て使う。例えそれが気にくわない剣道だったとしても。剣八にとっては、自分が納得して取り入れたものが、たまたま剣道のなかの要素だった、ということだけなのだろう。そう考えると、これまでの剣八の戦い方にも、彼なりの理念が伴っているのかもしれない(?)  原作にはなかった、護廷で訓練に参加する剣八と山じいのシーンにも、剣八の2面性が垣間見える。己の強さを鵜呑みにしていたのなら、あれだけの死神をいっぺんに打ち倒すことはできなかっただろう。両手による強力な一撃という選択が、剣八のなかの戦いの幅を拡げている。  今回の訓練のシーンは、なぜ剣八が隊長として護廷で認可されているか、という理由にもつながっていそうだ。  いくら護廷十三番隊が実力主義だからといって、訓練をろくにこなしていない死神を隊長として認めるはずがない、にも関わらず、剣八が隊長として認可されてきたのはなぜか。  それは、剣八がただ単に面倒くさがりやなだけではなく、戦いに使えるのかどうかという判断をきちんと行える現実主義者であり、実用主義者だから。理屈や知識、形だけをマネするのではない、そんなところが、今回の山じいの満足げな笑いに込められていたのかな、と。  戦えなさそうな相手は見逃したり、楽しむために手を抜いたりなど、戦いに対する姿勢には、一種の潔さが見えるものの、戦い方に意味を挟まないところは、やはり根っからのバトルマニア汗何かに追われるように戦っていたノイトラとは、そこに差が出たのかなあ。  ノイトラについては、スタッフの愛情なのか最期のシーンがやたらと劇的でしたね。次回にも少しノイトラの回想シーンがあるようなのでそこで考えてみようかな、と。  ○新ED  織姫のブランコにもビックリしたのだけれど、次々回(?)からの過去編メンバーが登場していたことに驚き(ノ゚ο゚)ノ過去編が終わった辺りで、またオリジナル編を混ぜて間をおくのでしょうか?    ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック! 素晴らしい すごい とても良い 良い  

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