薩長土肥
幕末の雄藩を指す言葉。
その中で末尾に名前が載りながら、その実力は四藩の中で最も高い水準を秘めておきながら、表に出てこなかった藩・肥前佐賀。
当時、日本で最も進んだ国でありながら、変革の先導を歩まなかったのはなぜか。
その佐賀藩の藩主・鍋島直正を通じて、その答えが本書に描かれている。
佐賀新聞で連載され、県民から絶大な人気を誇った小説が単行本化。
読まないわけにはいかない。
佐賀の歴史を語るため、本作は難しい決断を直正が、彼を支えた人々との印象的なエピソードを通じて行っていく方式を採用している。つまり人が軸になっているのだ。
つまり、幕末の佐賀藩の行動の理由を、人々のエピソードの中に凝縮されている。そのため、事実や真相を読むのではなく、“推し量れる”構図になっている。物語として進んでいく展開についていけばいいので、歴史という難しさを感じづらくなっている。
非常にわかりやすい内容だ。
だから直正は、メンツや形ではなく、その価値に目を向け続ける。
そして、本当のあるべき姿のために、勝ちすら得ようとしない。
それは、大事なものが何か、大事な人たちから教えてもらったから。
直正は、藩主就任から様々な苦難に直面していく。
ままならない藩政運営
上手くいかない技術革新
理解してもらえない自身の政治理念
そして、届かない想い
直正は藩の財政を立て直し、西洋の技術を取り入れて、日本を異国から守ろうとするが、「葉隠れ」理念や「化け猫」騒動にはじまる、佐賀の気質がそれを阻む。
死んでも構わない。
死ぬことこそ武士の本懐。
死に向かって奔っていく藩士を、直正は止めることが出来ない。
そして、理知的で機転がきく者ほど、自分の手を離れて帰ってこない。
佐賀が生んだ中世の精神を、直正はいかにして変えていくのか。
実は、この作品の最大の素晴らしさは
「葉隠れ」にはじまる佐賀気質に対して、直正を通じて「ノー」と言わせ、佐賀を変えるために、心のありように立ち向かう直正の姿を描いたことだ。
そして、佐賀県民を勇気づけたのは
功績より結果より、こういう県民に根付く思いから目を背けずに描き、藩主自ら新しいありように向かって、心体共に進んでいく姿を文章にしたことだと思う。
県外の方も、本書を手に取ったら、是非上記の箇所を読んで欲しい。
改革や改善は、形に見えるところではなく、見えないところにも目を届かせなきゃいけないことを、直正は教えてくれる。
そして驚きだったのはラスト。
ここまでの展開からすると、えっ!とする決断と、結構挑戦的な構成で締めくくられる。
藩主として、一人の人間として佐賀から、佐賀と日本のありように目を向け続けた直正が、最期の最期で、人間としての決断をするシーンは、正誤あるにしろ、グッとくるシーンだ。
ただ、残念なのは、佐賀がいかにして財政豊かな国になったか、なぜ佐賀が技術大国となったのか、その途中があまり描かれていないこと。
連載作品だったことを思えばやむなしではあるものの、ビジネス要素満載の題材なだけに、もったいないところではある。