俊才は生まれた時から、人と違っていた。
天才は、早い段階からその才能を開花させていた。
そういう人もいるだろう。
だが、少なくても日本の歴史において、英雄と言われている人物たちを、そんな言葉一つで、その特異性を表現することは出来ない。
彼らは突然変異ではない。
彼らの父も、余人では成し遂げられないことに挑んだ先駆者だった。
その背中が、その足跡が、英雄を生んだのだ。
英雄の誕生に、先駆者あり。
アナタはまだ、”父”のすごさを知らない。
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戦国時代の英傑:信玄や謙信、信長や政宗、家康や秀吉の父の物語。
短編集なので読みやすく、どれも余韻が残る終わり方ばかりだ。
最近は英傑の影に父の偉大さあり、と父親にも注目が集まっている。
特に(本作にも登場する)織田信秀(信長の父)は、新書が出るほど、その存在はクローズアップされている。
功績を追いかけてみると、その先見性は間違いなく、英雄・織田信長の原動力になっている。
まさしく、その父があって、その息子が育ったのだ。

天下人の父・織田信秀――信長は何を学び、受け継いだのか(祥伝社新書)
- 作者: 谷口克広
- 出版社/メーカー: 祥伝社
- 発売日: 2017/04/01
- メディア: 新書
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というわけで、どの父も、息子以上にやんちゃで勢いのまま突き進み、そしてどこか抜けて、落とし穴にはまる(笑)
結局最後は何かが足りなくて、夢や希望を次代に託すことになる。
だが、先駆者だからこその抵抗や苦悩がそこにあり、そこに真正面から挑んだからこその生涯を、敗者と断ずることなんてできない。
まさしく彼らも"英傑"だった、と思わずにいられない。
そして、秀吉の父に関しては「こうきたか!」というラストが待っている。
流石は天野さんだ。
以下、短編ごとの簡単な感想をば。
■下克の鬼ー長尾為景ー
この人の生涯こそ、ザ・下克上というのだろう。
名ばかりの守護をたてるのではなく、実力ある者が国を治めるべき。
そんな灼熱の野心をもって、越後統一を夢見た為景。
勢いもあるし、狙いも悪くない。力も才覚もある。
でも、どこかで大きな壁にぶち当たり、突っ込んでみたら脇腹をえぐられる。
そんな星の下に生まれてきたのか、と思ってしまう生涯。
時はまだ、満ちていなかった、ということなのだろうか。
それとも、為景は"破壊者"という役割だったのだろうか。
みんなをまとめ上げるビジョンを提示できないまま、越後は混迷のるつぼへ。
それでも、為景が最期に望んだのが"力"と表現するあたり、天野さんの考える"先駆者"の印象が覗える。
もっとも、為景は、期待した"後継者"景虎(後の上杉謙信)が、自分とは全く異なる価値観で動く人だというところまでは、目が及んでいなかったに違いない。
■虎は死すともー武田信虎ー
最近読む機会が増えた、武田信玄の父・信虎の生涯。
甲斐を追放されてからの足取りが、史料で掴めているのか、どの作品も京を中心とした近畿・西国で信虎が動き回る姿を描いている。
一見すると妄想と虚勢にかられた、老人の悪あがきに見えがちだが、本作では少し捉え方を変えている。
その姿は、信玄の父親というより、戦国武将のセンパイと言うより、"ライバル"という方がよく似合う。
なぜ、信虎は動き回ったのか。
なぜ、信虎は甲斐奪還を企てなかったのか。
その答えを、信虎は晩年に気付かされる。
甲斐手前まで足を踏み入れた信虎がたどり着いた、自分の本当の気持ちとは・・・
■決別の川ー伊達輝宗ー
もう、この方が取り上げられる、と知っただけで泣けてくる。
そして、ラスト読んで、やっぱり泣いてしまった。
伊達政宗ファンならみんな知っている、輝宗の最期。
そして、意外に知られていない、輝宗の功績。
"血の乱れ"から、抜け出すことの出来ない東北戦国史。
保守と堕落の秩序をぶちこわす、若くて大きな力があれば・・・
自分の役割を自覚し、その"役割"を次代・政宗に託した、輝宗の思い。
そして、奇しくも訪れた"引き継ぎ"のとき
自らの命を持って、古きしがらみを断ち切った、その決断。
政宗ファンならずとも、読んで欲しい一作だ。
■楽土の曙光ー松平広忠ー
■黎明の覇王ー織田信秀ー
■燕雀の夢ー木下弥右衛門ー
ラスト三作は同時期・同地方のお話し。
松平家中興の祖・清康と、戦国三英傑の一人・家康に挟まれ、目立たない(というかダメな)武将としての印象が強い広忠。
今川と織田に挟まれ、家臣に裏切られ、妻を離縁させられるなど、まあ苦しい日々ばかりの生涯(涙)
しかし、それでも、最期の最期まで望みを捨てず、足掻き続けたその生き様が、徳川天下の可能性をつなげたのだ、と思える作品。
天野さんらしい、ハードボイルド描写が広忠を格好良くみせている(笑)
その一方で、野心と過信のジェットコースターな生涯だったのが、信長の父・信秀。
実は前述した武田信虎と信秀はその実績がよく似ている。
最盛期に得た領土を、下り坂時期に全て奪われ、おまけに敵と婚姻を結んで、その領土への道を閉ざしてしまう、ゼロヒャクな結果(涙)
※息子・信玄と信長は、この婚姻のおかげで大変な苦労と悪行を持って、道を切り広げなければならなかった。
自分の才能と実力が全てと思っていた信秀に訪れた落とし穴。
一人だと思っていたその道の作り手。そこに割り込んできた、次代の希望。
そして、先への展望が見えてきたところにやってくる、身内の毒。
どこまでもツイていない信秀、だがラストがどこか幸せそうなのが、信秀の生涯をよく表している気がしてならない。
そして、ラストは秀吉の父・弥右衛門。
「あ~、こういうおっさんいるわ。昔の自慢話ばっかりしてる人」
まさに、これを地でいく作品(苦笑)
そして冒頭で述べたとおり、「こうきたか!」というラストが待っている。
「あれ?秀吉の父で、竹阿弥っていなかったっけ?」
こう思った方はスルドい!そして、そんな方はより一層唸ることになるだろう(爆)
皮肉と教訓が入り交じった、パンチの効いた結末を是非ご一読あれ。