本能寺の変を光秀の子・光慶を主軸に描いた異色の歴史小説。
前半は光慶視点。後半は光秀視点で物語序盤へ巻戻り、もう一回同事件を追体験することで、二人のすれ違いと事件の真相が明らかになっていく。
全てが判ったとき、光慶が下した決断とは・・・
四国のこと
武田家滅亡後の足蹴りのこと
そして家康饗応時の魚腐っていた事件
さらに本能寺の変後に細川藤孝へ送った書状(息子に天下を譲るつもり云々)のこと
などなど、本能寺の変については未だに議論が続く要因となっているピースの数々。
これらを“物語”でつなぎ合わせることで、無理のない流れに構築。親子のすれ違いと無限の愛情が紡ぐ人間ドラマへと導いているのが、この作品最大の特徴の一つ。
その反面、このつなぎ方を選んだが故に、ダイナミックさが薄い、こじんまりとした作品になっているのが正直な感想。
谷津さんらしい変化球が少なく、すんなりな展開なのが、何だか物足りないのです(苦笑)
ただ、登場人物の偽らざる等身大の姿や追い込まれながら精一杯あがく背中、そして理不尽からの脱却に命を賭ける思いが染み渡るように伝わってくる。
傀儡説や野望説など、取りざたされる光秀の実態だが、後世の人が拡げてしまった“光秀”のイメージを父親として着地させたのは、今後の光秀像を僕たちが考える上で意義があると思う。
そして託された思いから自分なりに答えを見出した光慶は地味だけどいい主君になれたのにな・・・と思いを馳せてしまう。
『廉太郎ノオト』以来、谷津さんはこういうトーンに何かを見出したのだろうか。
今作も(内容自体は救いがないのだけど)エネルギーをもらえる作品だった。
『廉太郎ノオト』既読の方は、本作も好きになれると思う。
きっと共感できるところがある。