史料上、実は一人しか人を斬っていない“人斬り”半次郎。
その唯一の存在・赤松小三郎暗殺を描いた短編。
“信濃の龍馬”と称された小三郎。
その開明的な知見は、龍馬より早く民主主義・大政奉還を提示したと言われている。
そんな幻の英雄のまっすぐな姿と、彼を慕う心を押し殺して斬ろうとする中村半次郎の姿が切なさを誘う。
お役目なのだ、と“凪いだ心”を意識するあまり、それが波風を立てて“水”を汚してしまったことに、最後は気付く半次郎。
しかし、気付いたときには、取り返しのつかない光景を生み出してしまった・・・
そんな半次郎の心の動きを風や水になぞらえていて、これまでの豪腕一閃な半次郎のイメージを覆す、柔らかさと純粋さが現れて、この事件が半次郎のこの後の人生を狂わしたのではないか、とこの後を思ってしまう。
(小三郎を暗殺する理由が、薩摩にあるのではなく長州にある、ってところに、当時の薩摩の苦しさがある。ここをきちんと描くところに、著者・小栗さんの“歴史軸”の太さを感じる)
この『小説現代』同号で著者・小栗さんが武川さんとの対談で、非常に細かいエピソードを取り入れていることを明かしており、しかもそれが物語の根幹を成していることに驚き。
そして魅力的な人物にも関わらず、なかなか題材として描かれることのない赤松小三郎を描いてくれた小栗さんに心から感謝。